父の苦悩 その1
母がくも膜下出血を起した日は日曜日で、父がちょうど床屋から帰ってきたところだった。母は激しい頭痛で足をばたばたさせ、何度も吐いていたというのに、父は救急車を呼ばなかった。
救急車は呼ばないで!と母に言われたからだ。
前回、入院したときも、救急車を呼ばずに父の車で病院へ行った。
そのことを私も弟もすごく怒ったのに、今回もまた救急車を呼ばなかったのだ。
近所の目を気にしているのか何だか知らないが、どうして呼ばないのか。
実家は細い路地沿いにあるため車が入れない。
つまり、車が通れる道路まで母は父に支えられながら30mほど歩き、また病院に着いてからも駐車場から受付まで歩いてしまったのだ。
日曜日だったので、あらかじめ病院に電話をしておいたものの、救急車ではなかったせいだろう。救急とは思われず看護婦さんがなかなか来てくれなかったらしい。
「ストレッチャー持ってきます。」「車椅子持ってきます。」
と言いながらどこかへ行ってしまい、なかなか母を運んでくれなかった。
それを父はすごく怒っている。
「あの看護婦は、どうしようもないんだ。看護婦失格だ!」
それを、母のベッドの横で大声で話す。
「ちょっと、辞めてよ。ここは病院だよ。看護婦さんに聞こえるでしょ。」
「ここの看護婦の話じゃないんだから、いいんだ。」
おいおい、場所の問題じゃないだろう。
別の病院の話とはいえ、ここも病院なのに看護婦さんの悪口を言うなんて。
失礼にもほどがある。
「救急車を呼ばなかったから、そういうことになったんでしょ。」
と言っても、
「救急車を呼んだって同じなんだ。どうせ同じ病院へ行ったんだから。」
という。
これ以上言っても無駄なので責めないが、まったくあきれてしまう。
昔から父は頑固だったが年を取ってから更に頑固になってしまった。
救急車を呼んでいれば、後遺症ももっと軽かったかもしれない。
今回はくも膜下出血。
動かしたせいで頭の損傷が大きくなってしまったのに、それも理解できないらしい。
そういえば、母が手術する前に先生からの説明を受けたときも、なぜか「入院のしおり」を読み続けていた父。そこには、入院に必要なスプーン、パジャマ、タオル、の説明が掲載されていた。そんなの今読んでる場合じゃないんだよ。とあきれていたが、今から思えば、頭の手術なんて複雑な話をされて、先生の説明を消化し切れなかったのだろう。危険を伴う手術だったので、向き合う事が怖かったに違いない。
近所の目を気にして、救急車を呼ばない。
病状を説明されても、複雑すぎて理解できない。
重大な事に向き合えない。
指摘されても、プライドが邪魔して言う事を聞けない。
弟が同居しているとはいえ、母と一緒にいる時間が一番長いのは父なのだ。
もうちょっと、しっかりしてもらわないと。
母が退院したとしても、問題が山積みである。
あー、いったいこの先どうなることやら。
やれやれ。
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