2006年8月25日 (金)

インスリン終了(術後164日目)

昨日は、入院していた病院での診察の日だった。
退院してから初めての通院なので、父が一緒に車で連れて行った。
脳外科で診察してくれたのは、入院中の主治医ではなかったとのこと。
「次回は、主治医の先生になるよう予約入れておきますすね。」
診察してくれた先生からそう言われたそうだ。
何故そんなことになってるんだろ?

内科の先生からは診療所への手紙をもらったとのこと。
そして今日、ヘルパーさんと一緒に診療所へ行ったら、もうインシュリンは辞めて良いと書いてあったそうだ。
そんな重要なことなら、本人に直接言ってくれればいいのに。
理解できないと思ったのだろうか。
父が一緒にいたはずなのに聞いてこなかったのだろうか。
と不思議に思ったが、父は診察室へは一緒に入らなかったそうだ。
はあ?せっかく一緒にいったのに意味ないじゃん。

そして、手紙には飲み薬の量が倍になって指定されていたという。
それを聞いたヘルパーさんはおかしいと思いケアマネに連絡してくれたそうだ。
ケアマネさんが病院に問い合わせたら、やはり間違っていたと言う。
薬は以前と変わらない量を飲んでくださいとのことだ。
いったい、なんなんだろう?
前回、インスリンの量を間違えたばかりなのに、また間違えているなんて。
どうかしている。脳外科の予約だって主治医の先生じゃなかった。
イジワルでもされているのだろうか? と疑いたくなる。
今回はヘルパーさんがしっかりした方でよかったけれど、そうでもなければ取り返しがつかないことになりかねない。

とりあえずインスリンを打たなくて良くなったのは本当によかった。
けれども、この先も気が抜けない。
こっちがしっかりして、チェックをしないと。

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2006年8月19日 (土)

初めてのデイケア(術後158日目)

今日は初めてのデイで、老人保健施設(老健)へ行く日だ。
家の近くまでバスが迎えに来てくれるが、ちゃんと迎えの場所まで行けるかどうか心配なので、様子を見に行った。

私が行くと、ちょうど着替えをしているところだった。
そして、何故か洗濯機も回していた。
母は、家にいるといろんなことをやろうとする。
今までと同じようにできるつもりで動いていたら、絶対9:30のバスに間に合わなくなる。
気持ちではできるつもりなのだろうが、体がついていかない。

デイの契約書、保険証、介護保険のコピー、お風呂の着替え、インスリン検査器、インスリン、家の鍵、などを母と一緒にチェック。
すると、宅配のお弁当が届く。
お弁当はちょうど9時前後に届くそうだ。デイの出発の時間と重なりそうで心配。
母が出かけた後に来たら、長時間外に置くことになってしまう。
発砲スチールの中で保冷剤も入っているが、夏だから心配だ。
大丈夫だろうか?

家の戸締りなどをしているうちに、あっと言う間にバスの時間となった。
指定された場所でまっていると、バスというかバンですね。あれは。
バンに老人保健施設の名前が入っていて、車椅子の人も乗れるようになっている。
中には施設の人がいて、にこやかに迎えてくれた。
お願いします。と挨拶して手を振って見送る。
やれやれ、やはり母一人ではもたもたして心配だなー。

その後、念のため老健の看護婦に電話してインスリンの分量を確認する。
14単位と言っている。
それはかなり前の数字じゃない。本当は4単位なのに・・・。
まったく危ないったらない。
4と14じゃ4倍も違うじゃない。こうして医療ミスは起こるんだろうな。

昨日、診療所への紹介状に記載されていたインスリンの単位が更新されていなかったことなどを説明し、確認してもらうようにお願いした。

4時半ころ母から電話。
わりと気に入った様子。
施設に着いてからお風呂に入って、お昼を食べて、昼寝をして、3時に羊かんを食べた。
など、子供が親に報告するように話してくれた。

皆、大人しい人ばかりでよかったと言っていた。
もう行きたくないといか言わなくてよかった。
ほっとした。

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2006年8月18日 (金)

初めての通院(術後157日目)

今日から、母は一人で家で過ごす事になる。
ちょっと心配なので、出勤前に実家に寄ってお昼ごはんを作ってきた。
午後はヘルパーさんと、インスリンの注射を打つため、近所の診療所へ行く事になっている。

まだ退院したばかりなんだから、あんまり無理しちゃダメだよ。
そう注意しておいたのに、「何もしないよ。」と言いながら母は洗濯物を干していた。
洗濯物は2階にのぼって干さなければならない。
手すりは付いているが病院の階段に比べたらかなり急なので心配だ。
その上、階段の途中にミネラルウォーターの箱が置いてある。
危ないので、母の導線には物を置かないよう、片付けておいた。

夕方、仕事中にケアマネさんから電話報告があった。
ヘルパーさんが約束の時間に訪問すると、母はまだ着替えている最中で、冷房もつけず汗びっしょりになっていたとのこと。

ヘルパさんと一緒に着替えて、戸締りをして病院へ向かうが、やはり疲れてしまうようで途中3回ほど休んでやっと病院へ着いたそうだ。
すり足でやっと歩く感じとのこと。

病院はケアマネさんの調査不足により3時半の開始だったそうで少し待ったらしい。
そして、紹介状にはインスリンの量が8となっていたという。
退院するときは4と言われていたのでヘルパーさんもおかしいと思ったが、口出しできないので8で打ったという。

その報告を受け、急いで病院に確認の電話を入れてみる。
すると、紹介状を書いたのが少し前だったため更新するのを忘れていたとのこと。
なんてこと!
老健の方は大丈夫ですか?と聞くと、
「そちらの方はきちんと連絡が行っていると思いますがご家族で確かめられるとダブルチェックになって良いと思います。」とのこと。
なんだか無責任だなー。
危ないので確認してみなきゃ。

そして病院の帰りはタクシーを呼んで帰った。
距離的には短いがタクシーを呼びだしたことと、一通が多いので900円以上かかったらしい。
毎日の事なので車椅子を借りたらどうかとケアマネさんからの提案。
基本的には歩いて、疲れたら車椅子に乗る。のが良いのではとのことで了解した。

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2006年8月17日 (木)

退院(術後156日目)

予定では、2日前の15日に退院するはずだった。
ところが、内科の先生が血糖値を下げるために、ちょっと前から食事のカロリーを落としたとの事でもう少し様子をみたいと言い出した。
そのため、退院が2日先に伸びてしまったのだ。
仕方ないといえば、仕方が無いのだが、楽しみにしていた母がちょっとかわいそうだった。
父もこの日のために休みを取ったのに。とかなりご立腹の様子だった。

というわけで今日は、父は仕事になってしまい、私が迎えに行く事に。
お盆すぎなので夫もお客さんが休みだったりして時間があるとのことで
台風で雨も降っているからと車で一緒に病院へ行ってくれた。

昼を食べてから1時頃に迎えにいくといっていたのに、
母は勝手に昼食を断ってしまった。
11時頃に行ったらすっかり帰り支度をして待っていた。
やれやれ。
急いで、ナースステーションでインスリンなどの薬と、外来の予約表をもらった。
母を連れて、先生や看護婦さんたちに挨拶をして、車で家へ帰った。

本当に長かった入院生活。
でも、母がどうにか歩けて、話もできて、こうして家へ帰れることに感謝している。
お世話になった先生方、看護婦さん、ヘルパーさん、なにかと励ましてくれた親戚や夫。
本当にどうもありがとう。

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2006年8月13日 (日)

IHクッキングヒーター

母の退院に向けて、ガスレンジをやめてIHにしょう。
ということを父や弟と話していた。

当初、父は乗り気ではなかった。クッキングヒータは高価だし、電気代も高いのではないか?と思っていたようだ。
でも、母に記憶障害が出ていることを認識してからは、やはり火の始末が心配になったらしい。電気代も思ったほどかからないとわかり、IHを導入する気になってくれた。

実家では、電気製品を買うときはいつも、電気工事をしている従兄弟に頼む。
でも、従兄弟は栃木に住んでいるし、最近はとても忙しそうなので近所の電気屋さんで頼もうか。と弟と話していた。
ところが、父が従兄弟に電話してしまった。
忙しいからいつ持ってきてくれるか分からないと心配したが、今回は事情が事情なのですぐに手配してくれた。忙しいのに、ありがたいことだ。
しかも従兄弟も体の具合が悪く、脱腸の手術を控えているそうだ。
そんなときに、わざわざ来てもらって申し訳ない。

IHを使う場合、200Vの電源が必要になる。実家は古い家なので200Vはない。
ということで、外の電柱から配線を引っ張り、家の中での電気工事をして、それからクッキングヒーターを取り付ける。という大掛かりな工事になってしまった。
築30年以上の古い家に、最新新規のIHクッキングヒーターを導入するのは思ったより大変なのね。

今までの鍋は使えない鍋も多いので、IH対応の新しい鍋を買わないとならない。
何かと出費もかかる。

でも、母の新しい生活が始まる。
これで一人で家にいても、いくらか安心できるのでよかった~。

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2006年8月12日 (土)

デイサービス契約とヘルパー顔合わせ

老人健康保健施設へ行き、デイサービスの契約をした。
以前、入所するつもりで説明を聞きに行ったときと同じ人が対応してくれたので、施設内の話は簡単にすんだ。

デイの場合、お風呂に入るかどうかはオプションだという。
朝、老健に着くと、まずお風呂に入るのだという。
お風呂に入らない場合はテレビを見たり、昼寝をしたり、好きなことをして過ごすとのこと。
その後にリハビリをやって、お昼になる。
その後は、歌やお習字や塗り絵などのレクレーションをやって過ごすそうだ。

お迎えは毎日バスが来てくれるとの事。
近所の家の名前が載っている詳しい地図を見ながらバスの迎えの場所を確認する。
何人か一緒にバスに乗っていくので、曜日に寄って迎えのバスの時間が変わるらしい。
帰りは、だいたい4時過ぎになるとのこと。
ということで、デイに行く日は朝から夕方まで安心できる。

その後、病院に行って、ケアマネさん、ヘルパーさんと顔合わせをした。
ヘルパーさんは50歳くらいのしっかりとした、でも優しそうな人だった。
お母さんも気に入った様子。
お母さんはヘルパーさんとの相性を気にしていたので、優しそうな人でよかった。

お母さんは、血糖値を自分で測れるようになっていた。
できるかどうか心配だったので、よかった。ほっとした。
きっと退院したい気持が強かったのだろうなあ。
ときどき失敗するが細かい作業ができるようになった。
これもリハビリになるから、一石二鳥だよね。

デイの契約も終わり、ヘルパーさんとも顔合わせが終わった。
これで後は退院を待つばかりだ。

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2006年8月 6日 (日)

インスリン注射

インスリン注射が退院後の最大のネックになってきた。
弟は「僕が打とうか?」というが、毎日の事になる。仕事が遅くなったり用事がある日には打てなくなるのでは困る。
また、これが負担になって、弟自身の生活に支障が及んでは元も子もない。
そういったリスクは減らさなけらば、長い目で見て母も弟も不幸になってしまう。
なるべく皆に負担の少ない方法を選択しなければいけない。
インスリンは、病院とデイの施設で打ってもらおう。
ということにしたが決まるまで意外と大変だった。

ソーシャルワーカさんが歩いて3分ほどの近所の内科に問い合わせてくれたが、
インスリンを打つだけの治療はできないと断られたとのこと。
その内科は私が小さい頃から、お世話になっていた診療所なので引き受けてくれると期待した。
だが、今は代替わりをして息子が経営しており、母も最近はずっと行っていなかったらしい。そんなこともあり断られてしまった。
残念だが仕方がない。

その代わりに今の病院の提携になっている内科でインスリンを打ってくれる事に。
ただし、そこは大人の足で徒歩10分ほど。母の足では20分はかかる。
でも他に選択肢がないので、そこまでヘルパーさんと一緒に行ってもらう事にする。
歩けない場合は、タクシーを使うしかない。

さらに、ケアマネさんが何件かデイの施設に問い合わせてくれたが、インスリンを打ってくれる施設が見つからないという。注射を打つのは医療行為にあたるため、看護婦さんが常駐している施設でないとダメなのだ。
デイケアをやっている施設は、ヘルパーさんだけの施設も多いらしい。
その話をケアマネさんからソーシャルワーカに伝えたところ、ソーシャルワーカーさんが老健に話をつけてくれた。

結局、最初に見学に行った病院の提携である老人保健施設でインスリンを打ってくれることになった。
注射を打ってくれる診療所が木曜休みなので、老健は月、木、土の週3日通うことにする。
それ以外の日はヘルパーさんと午後、診療所へ行ってインスリンを打つことになった。

これで毎日(プロの人)がインスリンを打ってくれる。
とりあえずほっとした。

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2006年8月 1日 (火)

ケアマネさんとの面談(術後140日目)

ケアマネさんは若くてしっかりした人だった。
母に対して丁寧に今の状態を詳しく聞いてくれ、とても頼りになりそう。
ソーシャルワーカーとも病室で顔合わせをして、血糖値の測定とインスリンの注射のことを説明する。

ところが「お母さんが自分で注射するのは無理じゃないですか?」とケアマネは言う。
母が使っているインスリンは、インスリンと注射器が別々になっているタイプ。
つまり、インスリンが入っている容器から指定された分量を吸い取り、空気を抜き、注射をしなければならない。

インスリンの注射器には、もっと簡単なタイプがあるというのだ。
患者が自分で打つ人も多いため、最初からインスリンが規定分入っていてそのまま打つだけで良いそうだ。たしかペンシルタイプとか言っていたかな?

それに代えてもらえないか?とケアマネさんがソーシャルワーカーに頼んでくれたが、あまり良い顔をしなかった。
病院というのは出入りの製薬会社が決まっているから、そう簡単に変えられないからだろう。

それにしてもケアマネさんが指摘してくれなかったら、他のタイプのインスリン注射があるなんて知ることはできなかった。何事も無知というのは恐ろしいものだ。

というわけで母が自分で打つには難しいので、病院に行って打ってもらうという方向で話がすすむ。
デイケアに行く日はデイでインスリンを打ってもらい、行かない日は近くの病院で打ってもらう。
そのためには、医療行為ができるデイの施設と、インスリンだけを打ってくれる病院が必要とのこと。
デイはケアマネさんが、病院はソーシャルワーカーさんが探してくれることになった。

そして母は、退院するまでに血糖値測定だけは自分でできるようにすることを目標とした。
「血糖値測定できないと、退院できないよ。」と、言うと「大丈夫よ。」と言う。本当か??

その後、ケアマネさんと実家へ。
実家は、母が入院してから汚れ放題になっていたが、私も時間がなくて掃除することまで頭が回らなかった。だから、とても汚れていて、お客さんを招き入れるような状態ではなかった。
「男の人だけだと仕方ないですよ。もっと大変な家もありますから。」とケアマネさんになぐさめられる。

よごれている家の中を観察し、階段に手すりが付いているのを確認。
手すりに使った費用の一部は申請できることや、お風呂場にも椅子や台を割引で買うことができるなどいろいろアドバイスをしてくれた。
家族だけではわからないこと、気づかないことがいろいろあるんだなあ。

やはり、介護保険制度というのは必要な制度だとつくづく実感した。

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2006年7月20日 (木)

老健あきらめる

なかなか老健から連絡がこないので、病院のソーシャルワーカーにいつ頃空く予定なのかを聞いてもらうことにした。
もしも長くかかるようだったら、これ以上病院にいるのは無意味だ。
母は元気になってきたので、病院での生活は状態を悪化させかねないからだ。
そうそうに返事が来た。なんと早くても2ヶ月先とのことだった。
それならそうと早く言ってよ~!って感じだ。

この先さらに2ヶ月も入院させるわけにはいかないので、退院の方向で準備をすすめることにした。

退院後は家で一人になるので、デイでリハビリに通ったり、ヘルパーさんをつけなければならない。その場合まず最初にケアマネさんを決めるそうだ。
区の介護保険で登録されている事業所に問い合わせケアマネさんを探す。
ところが電話を何件かかけたが、ケアマネはどこも空いていなかった。

4月からの制度改正で、ケアマネさんが受け持てる介護者が20人?だったかな、とにかく人数が制限されたせいで、ケアマネが人手不足になっているらしい。
順番待ちで老健に入れないどころか、ケアマネさえ順番待ちなんて。
どうしよう・・・と途方にくれながら、さらに何件か電話してみると、
「探してあげましょうか?」といってくれた事業所があった。
えー本当?? なんて優しい人なんだ!と感激しつつ早速お願いした。

2日後、ケアマネが見つかった。
やはりこういうことは、自分だけで悩んでいてはいけないんだね。
介護問題では苦しんでいる家族がいっぱいいるという。制度が複雑だからうまく使えない人もいる。だからこんなとき助けてくれる人がいたら、積極的に助けてもらうのは必要なのではないだろうか。

さて、さっそくケアマネさんに電話連絡をする。
ケアマネさんは自宅からは少し距離があるところの事業所から来てくれるらしい。
ただ、遠くてもサービスを受けるのは近所でかまわないとのことだ。
とりあえず、母の状態を説明する。
日中一人なので、できるだけたくさんデイやリハビリに通わせたい。
糖尿病なのでインスリンの注射が必要になる。
糖尿病の食事の宅配など。などなど

ケアマネさんは、土日はお休みらしいので普段の日で合える日はないかとのこと。
ちょうど来週から夏休みだったので、2日の日に病院で会う事になった。

母のほうは、退院の準備として自分で血糖値測定とインスリン注射が打てるようにすることを目標とした。
看護婦さんに教えてもらうそうだ。
毎日、弟が打つのも負担になるので、後々のことを考えても自分で打てるようになるのがベストだろう。
自分のお腹に注射を打つのは、辛いががんばって欲しい。

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2006年7月16日 (日)

美容院(術後124日目)

日曜日に近所の美容院へ行ったそうだ。
行きは父に連れて行ってもらい、帰りは美容室の人が近くまで送ってくれたという。
開頭手術のせいで、母の髪の毛はおでこの上だけが短くなっていて、はっきりいって変な髪形だった。
美容院へ行きたいとずっと言っていたので、綺麗にしてもらってよかったね。

ところが、よかったね。だけでは終わらなかった。
1万円を持っていったのに、家に戻ったときには500円しかお釣りがなかったそうだ。
母は6千円をポケットに入れたはずだと言っているが、実際にはポケットには何も入っていなかった。小銭の500円だけを子供のように手に握り締めて帰ってきたという。
父があわてて、来た道を戻り探してみたが、なかったという。

その話を弟から聞いたのだが、父はそれを母に問い詰めるなと言っているそうだ。
お母さんがかわいそうだから、という理由らしいが、何言ってんだろ?
お金を無くした事は、過ぎたことだからしかたがない。
問題は、忘れる事を母自身に自覚させなきゃいけないのだ。

何だか父は、母が失敗するとごまかそうとしたりする。
そして、病気になる以前の母にもどるものだと信じている。
母は決して元に戻る事はないし、病気がなくても人間は老いていくのだ。
それを認めようとしない。
言ってもわからないのだ。

だから、わざとはしごに上らせたり、ご飯をいっぱい食べさせようとしたりする。

なぜはしごに登ってはいけないのか、なぜご飯をたくさん食べてはいけないのか。
母は説明すれば、そのときは納得してくれる。
でも、健康な父のほうが、わかってくれないのだ。

これから、ますます年を取ったらどうなっていくのだろう。
先が思いやられる。

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